車内での朗読はご遠慮ください。(ショートショート、極短小説)
東京電車シリーズ
マキメ氏の小説を何度も何度も繰り返し読んでいるミツヨは、
自分が読んでいた「鴨川ホルモー」の一文が、音声となって耳から入ってくるのを感じたとき、
ああ、私はついにここまで吸収したのだ。
西のマキメ、東のミツヨと呼ばれるような時代ももうすぐだ。
そりゃ書こう。書けばわかるさ小説だって。
とひとり興奮し、「ふん」と思わず言ってしまい周りを見回した。
それでも耳に入ってくるこの女性の声はなんだろう。
と思ったら、少し前にいる文学系な女性が、鴨川ホルモーを朗読しているのであった。
ああ、この女性は前にも見たことがある。いつも同じ車両に乗っている。駅も同じはずだ。
「京大青竜会に伝わる伝統の舞である。心配はいらない。非常に単純な舞である」
と感情をこめて読み上げる女性に、周りの人は迷惑げで怒り心頭な雰囲気である。
決して大声をあげているわけではなく、ささやくような、暗記しようとでもしているような、そんな声を出し方だ。
ミツヨは、きっとこの女性もマキメの大ファンなのであろう。
きっと「鴨川ホルモー」の映画も見たのであろう。
「ゲロンチョリ」「デ・キューレン」などのオニ語を言えるのであろう。
という強いシンパシーを感じてきた。
あぶらぎっしゅなオヤジサンが、我慢しきれずに言った。
「あんた!うるさいよ!さっきから。朗読お断り!」
池袋駅で、驚くほどのすばやさで下車していった。まるでオニのようだった。
各路線で同様の騒動が巻き起こり、迷惑行為としてJRでも認定されたのか、
「車内での朗読はご遠慮ください」
というアナウンスが流れるまでとなった。
ミツヨは、新人賞を目指して「朗読少女」という原稿を書いている。
小説部門からノンフィクション部門に転向して。
(絵:文 ©ハヤテノコウジ)
