
永遠のコラムニスト、泉麻人さん。夢中でコラムを読みまくった日々。
ニューウェーブ発掘番組「冗談画報」の司会で登場。
初めて泉さんを目にしたのは、僕が高校1年の時(1989年)。深夜番組やスポットCMマニアだった当時、フジテレビの午前3時ごろ「冗談画報」という番組だった。新進気鋭のアーティストをノンジャンルで紹介し、スタジオでトークを繰り広げるスタイルだった。司会者がなんとも素人くさく、よく唇を舐める人だなあ、しかもなんだか昔のテレビ番組とか良く知ってるなあという感じで見ていた。その時のゲストがブレイク寸前の米米クラブで、石井竜也にも一目おかれるこの人物はいったい誰なのか、と不思議に思った記憶がある。そのころから「メジャーよりもマイナーが好き」な僕は、以後欠かさず同番組をチェックすることとなり、泉さんが持つ観察眼、マニアックさにひかれることとなった。
「テレビ探偵団」でゴールデンタイムに進出!
その後、日曜日19時30分から放映の「テレビ探偵団」に解説者として活躍し、お茶の間の認知を得ていく。この時は、本名の「朝井泉」で出演していた。司会の三宅裕司、山瀬まみとのトーク、時々実家から持ってくるマニアックなコレクションが楽しく、日曜日の食卓をなごませていた。林家こぶ平にバトンタッチしてからは、しばらく執筆活動の方に専念していたようである。
僕が大学生になってからは、男性週刊誌(週刊文春や週刊読売)や新聞、女性誌(婦人公論)などで連載をしていたが、そういったメディアに接していなかったので泉麻人さんのことは忘れていた。しかし、「青春18切符」を使って東京から京都まで各駅停車の旅をしていた時、ふたたびはまることとなる。名古屋の駅ビルで暇つぶし用の文庫本を探していた時、ふと手にした「僕のTV日記」が楽しかったので、京都、大阪でも氏の文庫本を買いあさってしまった。 なんとなくコラムニストという職業に憧れ、就職活動では出版社も受験するものの、最終面接まで行ったのは一社のみだった。そこも「今年は男性はとらないことにした」といった回答をくらい、私のマスコミでの仕事はかなわなかった。
「アド街ック天国」で人気爆発?!
テレビ東京で放送中の”地域密着型都市型エンタテイメント”「出没!アド街ック天国」の解説者でレギュラーテレビ番組に復活し、「シティ解説者・シティウォッチャー」なる肩書きをもとに認知度はさらに向上。同じカルチャー軍団の一員である山田五郎さんにバトンタッチするまで、独特の経験、コメントで笑いをとっていた。「テレビ探偵団」のころに比べると、はるかに「テレビ慣れ」した泉さんがいた。
泉麻人ファンを結婚を期に卒業したが・・・
結婚する際、ものすごい数の蔵書をブックオフしたのだが、その中に泉さんの書籍も多数存在した。サブカル系の本や、夢中で読んだ本、CDを一気に捨てることが、一種の成長の儀式としていたような29歳の自分だった。気ままなひとり暮らし、独身生活との卒業という認識だったのだろう。まあそんなセンチメンタルなことを抜きにして、収納スペースが限界ということが最大の理由だったのかもしれないが。
働きながら、インターネットがぐっと身近になってくるに従って、ホームページというものを作ることができた。そこで泉さんの書籍レビューを書いていた。まだブログもなく、アマゾンも上陸していない時代。HTMLを一生懸命入力して作っていた。交流する手段はメールかBBS(掲示板のこと)だった。そこで少しながら遠い場所にいる人々と交流する楽しみを感じていたのだった。
東京というテーマを語る際に、泉麻人さんは全くはずせない、神様コラムニストなのである。そして私もコラムを書きたい衝動にかられる。
捨てなかった「世紀末B級ニュースファイル」
そんな中、一冊だけ泉さんの昔の書籍があった。「世紀末B級ニュースファイル」という本は、泉さんお得意の三面記事をコラムで切る、というやつである。これが今でいうブログ的な視点満載で、読み返しても面白い。僕も観察とイラストで、世相を切っていきたいと思っている。

参考情報:
wikipedia 泉麻人
泉麻人ファンサイト[アサトイズム]