140文字以上への欲求
なんだかTwitterばかりやっていると、もっと文字を書きたい(打ちたい)気分になるのは私だけではないでしょう。まさに今、そんな気分で駄文を書こうとしています。深夜に。妻が起きないように、こそーりとキーボードを打つ。そんな人が世界中に何億人もいると思うとワクワクします。さらに、いつもそうなのですが「マーチダ・コー」という人の文章を読むと、なんだか自分も思念をダウンロードしたくなる。マーチダー・コーとは町田康先生のことでございますが、エッセイの中にこのような表記がでてくるので、ここでも使ってみたわけです。気分が少し滅入ったとき、いやだなぁいやだよういやだいやだといった虫が心の奥で騒いでいるとき、私はしばしば町田ワールドに降りて「アハハハハハ」と楽しくなるまで浸ることにしています。ちょうど今は、ゆとり世代の若者たちとバブル世代のマネージャーたちに挟まれ、なんだかなーなんだかようなんだなんだという日々を送りがちなので、町田ワールドに行きたくなる。まあそんなわけで、読むだけでなく書いてみたくなるのがユーザーってもんです。昔は泉麻人先生のコラムを読むたび、その観察眼とのんびりした文章を真似て、「東京下町街角ぐるり」とかわけのわからないタイトルでコラムみたいなものを書いていました。30代も後半に入り、いろいろ経験してきてピュアではなくなってきますと、町田先生のパンクな文学がちょうどよくなってきます。そうでしょう、あなたも。
するってぇと日常のなんだかなーも面白い素材に
日常生活、とくに満員の「通勤電車」に乗っていますと、そりゃあそりゃあいろんな人間に出会います。それはお互い様で、かの人もあの人もこちらに対していろんな感想を持ちながら、不思議な高速移動時間を共有していきます。年齢を重ねるにつれて、いらっとすることが多くなってきているかもしれません。自分の軸っていうものができてきますから、「こういう人間はいやだ」「こんなにおいのする人間はいやだ」「うるさい人間はいやだ」とかいろいろでてきます。それをお構いなしにすし詰めよりもひどい満員電車、東京でも1・2を争う悪評の電車で通勤していると、ほんっといろんな人がいます。電車だけではなく、駅という舞台にもさまざまな演技者が行き交っています。「なんだそりゃ」を観察しながら、日々暮らしている私です。観察から生まれた表現方法が「極短小説(ショートショート)」です。これは、たまたま書店でみつけた「極短小説 (新潮文庫)」と「SUDDEN FICTION―超短編小説70 (文春文庫)
」「Sudden fiction (2) (文春文庫)
」でした。非常に短い文章量の中に、物語が圧縮されている。短いため、突然始まり突然終わる。この面白さに引き込まれ、自分でも書き始めました。これは挿絵が先で、あとから文章をつけていきます。私の場合、まずイメージが浮かんできて、絵を描きます。絵を描きさえすればストーリー構築は型が決まっているので、簡単に作ることができます。これは俳句のようかもしれません。また、極短小説やショートショート(こちらはあまり知らない)の場合は、「最後はシュールに終了させる」みたいなルールなんかがあるので、まあそんなのをイメージすれば収まります。これは「ちょっと書いてみたいけど、長い小説はむりだわ。」という人にぴったり。まさに私。ショートショートの大御所、星新一先生のことは、実は全く知らなかったので、いま読み始めているところです。ショートショートと、君のいう極短小説の違いは何かね、と老紳士風をきどって尋ねられても、答えられません。FAQサイトにいってみてください。
未来が予知なのか予知が未来なのか
私が書く極短小説は、「実際に見かけた人たちをモチーフに制作するパターン」と、「勝手に想像して創作するパターン」の2つがあります。「実際に見かけた人たちをモチーフに制作するパターン」では、どうみても50代後半の女性が40代後半の男性と満員電車内でいちゃつき、話を聞いているとどうも不倫関係のようで恐ろしかったのを描いた「満員電車がデートスポット」、パン屋で、そのパンが焼きたてかどうかを自分の手の甲を当てて確認している「ありえない」おばばを見て描いた「ヤキタテドットコム」などがあります。「えぇぇえ!?」と驚愕した内容に、自分なりの物語をつけてみようという試みです。「勝手に想像して創作するパターン」では、満員電車でいきなり朗読を始める女子を描いた「車内での朗読はご遠慮ください」、お金のない起業家を描いた「カレーパン社長」などがあります。ちょうど昨日、目の前で洋書を声を出しながら朗読している大学教授風のおじじを見かけ、本当にそんな人がいるのか!私は未来予知をしたのか、と興奮しました。おそらく、こんな人を見て驚いた、こんな人がいたら面白いと想像した時点で、実際にそんな人がいる、それが地球なのでしょうね。ということで、久々にコラム風というかエッセイ風のものを書いて気持ちよく眠ることができそうです。ちなみにいろいろ調べると、コラムというのは新聞や雑誌に出たものを言うらしいので、極私的にやっている分にはエッセイというのかもしれませんが、エッセイというのはさわやかさを伴いそうで、やはりコラムでぶらんと行きたいと思います。こんな駄文でよろしければ、たまに遊びにきてください。そしていつかどこかの雑誌や新聞で、駄文を書いてみたいです。編集者の方どうぞよろしくお願いいたします。引き出しはいろいろ持っています。とその前に、このブログでいっぱい書かないとね。(ハヤテノコウジ)